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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)150号 判決 1978年9月11日

原告 宮川淑 ほか二名

被告 千葉県選挙管理委員会

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らは、「昭和五一年一二月五日施行の衆議院議員選挙の千葉県第四区における選挙は無効である。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、第一次的に、「原告らの訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を、予備的に主文同旨の判決を求めた。

(当事者の主張)

(原告ら)

(請求の原因)

一  昭和五一年一二月五日施行の衆議院選挙(以下「本件選挙」という。)において、原告らは千葉県第四区の選挙人である。

二  しかし本件選挙は次の理由で無効である。

1  日本国憲法(以下「憲法」という。)は、第一四条第一項において、法の下での平等を規定しているほか、選挙の平等に関し、第一五条第一項および第四四条で、これを保障している。そして、その保障は、投票権における計算価値の平等のみならず、その結果価値にも及んでいる。

2  したがつて、右の選挙権における平等とは、居住場所のいかんによつても差別を受けない結果価値の均等性をも意味している。換言すれば、「一人一票制」とは、一人に二票を与えることを禁止しているのであり、居住場所によつて議員定数と人口数との間に不均衡があり、実質的に「一人に二票」を与える結果となる場合(選挙人比率が二対一を超える場合)には、複数選挙禁止の原則に抵触することになる。

3  ところで、本件選挙前の昭和五〇年一〇月一日の国勢調査の結果によれば、議員一人当たりの人口数は、千葉県第四区においては四一一、八三五人であるのに対し、兵庫県第五区におけるそれは一一〇、七四九人であり、その比率は三・七一対一である。

4  このように、二対一の比率を超える三・七一対一という明白で多大な格差が投票権の内容である「一票の価値」に存することは、憲法の許容の限度を超えた不合理のものである。

5  したがつて、投票権の結果価値に多大の格差が存したままの公職選挙法(以下、「公選法」という。)別表第一および同附則七の規定は、合理的な根拠にもとづくことなく、居住場所のいかんをいう関係において、一部の選挙人を不平等に取扱つたものであり、憲法第一四条に違反しているから、右別表第一等にもとづく本件選挙は無効である。

三  よつて、原告らは、公選法第二〇四条の規定にもとづき、千葉県第四区における本件選挙を無効とする旨の判決を求める。

四  被告の主張に対する原告の反対主張

(一)  本案前の主張について

公選法第二〇四条の立法趣旨とその目的が選挙の自由、公正を目指している以上、原告らの選挙権における平等な地位をおかす違憲・無効な選挙は、選挙事務の管理、執行上の瑕疵と同等に、いやそれ以上に、「選挙の自由と公正」を損つているから、原告ら主張の事由に基づく選挙訴訟は許容さるべきである。したがつて被告の主張は理由がない。

(二)

1  被告は、改正前の定数の不均衡に違憲な点があつても、昭和五〇年七月法律第六三号による公選法一部改正によつてその違憲な点は解消されたと主張する。

しかし、右の改正によつても、不均衡の最小と最大との格差が二・九も存することは、二対一の原則を著しく逸脱し、適憲、適正な是正とはいえず、それまで存した違憲状態は解消されない。

2  また、昭和五〇年一〇月一日現在の国勢調査の結果が速報で公表されたのは、昭和五〇年一二月一〇日であり、全てが公表されたのは昭和五一年四月一五日であるところ、本件選挙まで相当の期間があつたから、右国勢調査の結果に基づき別表第一を是正することは不可能ではなかつた。したがつて、本件選挙施行の日までに七ヶ月もあつたのであるから、是正に必要な合理的期間がなかつたとはいえない。

(被告の本案前の主張、答弁および主張)

(本案前の主張)

第一本件訴訟は次の理由により却下を免れない。

一  本件訴訟は公選法第二〇四条を根拠とする選挙無効の訴であり、その主張の骨子は、昭和五一年十二月五日に行われた衆議院議員選挙は公選法別表第一及び同法附則第七項乃至第九項による選挙区及び議員定数の定めに従つて実施されたが、右による選挙区別定数は憲法第一四条第一項に反し違憲であるから、右選挙は無効である、というものであり、右以外には選挙無効事由を主張していない。ところで、公選法第二〇四条の訴はいわゆる民衆訴訟に属し、法律の定めにより初めて訴の提起が認められるものであり、右訴訟は公選法に基づき施行された選挙の管理執行上暇疵があつた場合これを無効とし、当該選挙管理委員会をして早期に適正な再選挙を実施せしめ、もつて選挙の自由と公正を確保せんとするため特に法により認められた制度であつて、本件の訴のようにたとえ選挙を無効とし再選挙を実施しても、その瑕疵を是正できないような、およそ被告ではその瑕疵の是正ができないような事由による訴訟までも許容する趣旨で制定された規定ではない。従つて、右第二〇四条に不適合の訴は却下を免れない。原告らの選挙無効事由は前述した如く公選法別表第一自体を違憲とするものであり、被告の権限をもつてはその是正が不可能な事由をその無効事由としているから、公選法第二〇四条に不適合な訴であり、本件訴は、不適法な訴として却下を免れない。

二  また、本件のような訴は本来公選法第二〇四条の訴に該当しないが、国権行為により侵害された国民の政治的権利の回復を求めているから基本的人権にかかわる問題として極力その救済を考え、他に適当な救済方法が見当らない現状においては右第二〇四条を拡張解釈して司法判断の対象となるとの学説判例があるが、被告は次の理由により右見解には賛同できない。

1 司法は本来具体的権利義務に関する紛争の解決を目的としているものであらゆる紛争をすべて救済する万能の制度ではなく、民衆訴訟の如きは法の制定により初めてそれに依る救済が認められ、しかもそれがその法により司法の権限とされたとき初めて司法に属せしめられるにすぎなく、裁判所はその制定法の要件の範囲内で裁判権を有するものといわなければならない。従つて、政治的権利も基本的人権に関わるとして民衆訴訟を不当に拡張解釈することはその制定法の精神に反するもので、当事者は厳につつしまなければならない。

2 また、更に本件のような事態は立法当時予想していなかつたから適当な救済立法が存在しない現状では右第二〇四条を拡張解釈することが許されるという見解がある。しかし立法当時予想していたか否か等の論議は法の制定により初めて認められる民衆訴訟には全く無縁なことで現に救済手段が存在していないこと自体に正当な理由が存在していることを考慮しなければならない。すなわち、本件の如き事案につき救済制度が存在しないのは、選挙権は政治的権利のひとつではあるがその内容は選挙区、議員定数等の選挙制度の在り方によつて種々異なり、その如何は現在並びに将来の国政のあり方に重大な影響を及ぼすもので、もともと憲法上政治の分野において決着をみることが要請されていて、具体的な権利義務の紛争の解決を目的とする司法判断の対象たるには本質的に適しないが故に、救済規定が存在しないのである。

(答弁)

原告の請求原因事実中、一は認める。二のうち、1の前段部分は認め、後段部分は争う。2は争う。3は認める。4ないし5は否認する。なお、この点の被告の主張は後記のとおりである。三は争う。

(主張)

一  本件における選挙人の投票価値の不平等とは要するに選挙区別定数の不均衡をさしており、選挙区別定数をどうするかは、単なる数字の操作の問題ではなく、政治のあり方を規定し、政治の根幹に関わるもので、それは常に政党並びに国民の真塾な関心事であり、高度の政治問題として立法府が自ら解決すべき筋合の問題であつて、憲法上も立法府にその解決が委ねられている。更に、司法はその可否を審査するに必要な明確な判断基準を当然持ち合せていないとともにそのために必要な諸資料を持ち合せていないから、司法審査になじまないものとしてかかる請求はこれを棄却すべきである。

1  憲法第八一条は、具体的訴訟事件につき裁判所に違憲立法審査権を認めているが、三権分立が憲法の原則である以上その審査権には自づから限界があり、立法府自らの解決が要請される高度の政治問題については立法府の専権事項として司法判断は不適合である。

2  憲法第一五条、同第四一条乃至第四四条及び同第四七条は国会議員の定数、選挙人並びに被選挙人の資格、選挙区及び投票の方法等選挙制度に関することはすべて法律の定めによるとし、選挙権被選挙権の資格につき人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならないと規定しているにとどまり、選挙権の内容につき特段の定めをしてはいない。

3  憲法第一四条に基づく平等条項が存在し、選挙権等についても基本的にはその平等な行使が法律上認められねばならないが、選挙制度は、国の政治の根幹に関わる問題で、政局の安定をはかり、しかも少数意見をも国政に適正に反映せしめ得るような代表制度を、その国民を代表する国会議員によつて確立させることとした方がより望ましいため、選挙制度全般を立法府の裁量権限としたものである。従つて、各政党間の利害が最も厳しく対立するところでもあるけれども、国会は、右憲法の要請に応え複雑な諸要素を総合調査し公正かつ効果的な代表制度を定めなければならないのである。

現行の公選法の規定も右の趣旨をふまえ国会において総合的調整の結果定められているものであり、単なる数字的格差のみを原因として安易に改正することは適当でなく、また現実問題として政党間の利害対立により一朝一夕に改正が行われえない。従つて選挙制度の改正は、一定の年月をかけて慎重な検討を行い諸要素を総合的に調整しながら漸進的な解決を図ることが最も妥当な方策であり、その違憲性を云々すべき筋合のものではない。

4  また、立法府にその解決が委ねられている事項につき仮に裁判所が違憲判断をなし得るとしても、その為には少くとも裁判所にその判断の為の明確な基準が存し、かつその判断に適合する実効性が保障されているという要件が充足される場合に限られる。本件の如き選挙区別定数の不均衡の是正は上述した如く憲法上立法府にその解決が委ねられており、仮に裁判所がその是非を判断し得るとしても裁判所はその違憲の限界を示す明確な基準を持ち合せておらず、その上違憲として選挙を無効としてみたところで新たな立法措置が講じられない限りその是正は不可能である。仮に選挙制度の改正には国会における相当長期の慎重な審議が必要であることを考慮しないとしても、現実問題として政党間の厳しい対立状態を想定した場合、裁判所の意向のもとに国会により直ちに定数改正がなされることはむしろ困難であり、裁判所による選挙無効の判断も、単なる宣言効にとどまり、その是正には効果がなく、かえつて選挙の無効を宣言した結果本来定数不足として増員が認められるべき選挙区につき全ての代表を失わしめるという結果が招来され、かえつてかかる請求を認めた意義が全く没却されてしまう。この点から考えても、本件の如き請求は司法審査不適合というほかはない。

二  本件選挙は昭和五〇年法律第六三号により改正された別表第一及び同附則第七項乃至第九項に基き施行されたものであるから、定数の不均衡に違憲性はなく、選挙の規定違反は存在しない。

1  本件の如き選挙区別定数の不均衡の是正問題には立法府に幅広い裁量権が存する。立法府が国民の代表にふさわしい公正かつ効果的代表制度選択の裁量に際し、選挙権の平等について他の政策的目的ないし理由との関連において調和を図つている限り各選挙区別定数と人口との間に不均衡が存在しているとしても右不均衡は立法府の合理的裁量権の範囲内に属するものとして相当であり、違憲ということはできない。

2  そもそも選挙権(投票権)の平等とは選挙権行使の平等をもつて足り、投票の結果価値の平等までをも憲法が直接要請しているものとは解し難い。何故なら若し憲法が、結果価値の平等までも要請しているとすれば、それは理論上完全拘束式比例代表制度に到達せざるを得ず、現に実施されている中選挙区単記投票制自体の違憲性が問題となる。現行の中選挙区単記投票制においては落選者に投票した選挙人の投票は無価値となり、その投票意思は国会に反映しないこととなり、選挙区間の投票価値の較差は当該選挙における棄権者を除いた投票者の数で判断しなければならないであろう。要するに憲法が選挙制度を立法府の専権とした趣旨は比例代表か少数代表か将亦多数代表か等々その一切の当否を含む選挙制度の選択につき立法府の判断にかからしめ、その結果、形式上投票の結果価値に多少の差異が存することとなつたとしても、立法府が公正かつ効果的代表制度としての諸目的との総合の結果、選挙権(投票権)の内容を確定したものとすれば、右は立法府の合理的裁量の範囲内のものとして違憲などと問題にすべき筋合のものではない。

3  一旦公正かつ効果的な代表制度として制定をみた選挙区並びにその定数がその制定後立法府自体の意思とは無関係な都市部への人口移動という主要因に基づきその選挙区間の定数の不均衡が増大した結果、立法府がその較差是正の改正措置をした場合はその改正の結果においてなお未だある程度選挙区間の定数に不均衡が存在したとしても、その改正の結果不均衡の幅が是正されている限り右は立法府の合理的裁量権の範囲内の行為として、相当であり、裁判所は右改正の内容にまで立入り違憲性の有無を判断すべきものではない。そして本件選挙は定数不均衡をある程度是正することを目的とした昭和五〇年法律第六三号改正後の第一回総選挙であるから右選挙区別定数に不均衡が存したとしても右は立法府の合理的裁量権の範囲内の決定事項を非難するにすぎず、違憲の主張とは到底認め難い。

4  右法律第六三号による定数是正の結果、不均衡の限度は最大と最少の差二・九、平均値からの較差はほぼ〇・五どまりとなり、較差の縮少に著しい効果をもたらしたものというべく、仮に改正前の定数の不均衡にして違憲性を帯びるものがあつたとしても、右改正の結果衆議院議員の選挙区別定数の違憲性は右改正時点で解消されたものといわなければならない。

5  昭和五〇年一〇月の国勢調査の結果によればその後の人口異動により選挙区別議員一人当り人口数の較差がやや拡大していることは否定できないけれども、右国勢調査実施は五〇年七月の前記法律第六三号による改正後のことであり、かつ該改正は法のうち定数にかかる部分は「次の総選挙」より施行することとされていたので、「次の総選挙」の前に、再度、改正を行うことは法的安定の確保という観点からも適当ではなく、またこのような短時間における再改正など現実的には不可能である。「次の総選挙」に該当した本件総選挙は昭和五一年一二月九日衆議院議員の任期満了に伴い同年一二月五日施行されたものであるが、国勢調査による「世帯名簿による全国市区町村別人口」の全てが公表されたのは昭和五一年四月一五日であるので国勢調査の結果が判明してから右選挙公示まで僅か七か月程度の短期間しか存しなかつた。従つて右期間中の改正は不可能であり、合理的期間内に改正しなかつたとはいい難いから本件選挙に関し、右別表第一に違憲性はない。

理由

第一本件訴の適否について

一  太件訴の性質

本件においては、爾余の判断の関係上、まず、選挙訴訟の性質について検討を加える。

1  選挙訴訟はいわゆる民衆訴訟に属し、法律の規定によつてはじめて裁判所の権限に属せしめられたものであつて、個人の具体的な権利義務の存否に関するいわゆる法律上の争訟には当らず、法律の規定によつて定められたことについて、しかもその範囲内においてのみ、はじめて裁判所は訴訟の形式においてこれについて判断することができるのであることは、多言を要しない。

そして、選挙訴訟--衆議院議員選挙に関するものに限つてみると--について、公選法第二〇四条は「衆議院議員……の選挙において、その選挙の効力に関し異議がある選挙人又は公職の候補者は、衆議院議員……の選挙にあつては当該都道府県の選挙管理委員会を……被告とし、……訴訟を提起することができる。」と定め、同第二〇五条第一項において、「選挙の効力に関し……訴訟の提起があつた場合において、選挙の規定に違反することがあるときは選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、……裁判所は、その選挙の全部又は一部の無効を……判決しなければならない。」と要件を定めているだけで、他に選挙訴訟の要件を定めている規定は見当らない(なお、衆議院議員選挙法(大正一四年法律第四七号)第八一条、第八二条参照)。

2  この選挙訴訟に関する規定によれば、当該選挙の効力を争う選挙訴訟を提起することができる者は、当該選挙区の選挙人または、公職の候補者に限られており、かつ、選挙訴訟の要件としては、当該選挙区の選挙について選挙の規定に違反すること、およびその結果選挙の結果に異動を及ぼす虞があること、すなわち、選挙規定に関する違法性と選挙の結果に異動を生ずる虞の二つが定められていることが明らかである。

このような選挙訴訟の構造に照らせば、裁判所は、あくまでも、当該選挙区の選挙の無効原因の存否を判断する権限が付与されているにとどまり、それ以上に、選挙の効力に関し判断をすることができないものであることは明らかである(選挙の効力に関し、特別に他に規定が存しないから、当該選挙区以外の選挙の効力について裁判所が判断することができるとする事由は現行法上認められていない)。

二  選挙訴訟において議員定数配分規定の違憲性を主張することができるか。

選挙訴訟の規定(公選法第二〇四条)は、もともと、公選法の規定に違反して施行された選挙の効果を失わせ、改めて同法に基づく適法な再選挙を行わせること(同法第一〇九条第四号)を目的とし、同法の下における違法な選挙の再実施の可能性を予定するものであるけれども、右の選挙訴訟は、現行法上選挙人が選挙の適否を争うことができる唯一の訴訟であつて、これ以外に他に訴訟上公選法の規定の違憲を主張してその是正を求める機会はない。しかし、国民の基本的権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是正・救済の途が開かれるべきであり、前記公選法の規定が、その定める訴訟において、同法の議員定数配分規定が選挙権の平等に違反するとしてこれを選挙無効の原因として主張することを殊更に排除する趣旨であるとはいえない。したがつて、選挙訴訟としての性質を肯認することができる限度において、かかる事由を主張して、選挙訴訟を提起することができると解するのが相当である。

また、議員定数配分規定は、後記のように、複雑微妙な政策的および技術的考慮のもとに、国会により具体的に決定されるものであるけれども、国会が裁量権の範囲を逸脱している場合には、その規定が憲法に違反するかどうかについては、司法判断に適するものというべきであり、この点についての被告の主張は採用しがたい。

第二原告らの本訴請求の適否

一  原告らの主張するところは、要するに、定数配分規定が不公正・不合理であり選挙権の平等を侵すものであるというのであるから、この点について判断を加える。

1  憲法第一四条第一項に定める法の下の平等は、選挙権に関しては、国民はすべて政治的価値において平等であるとする徹底した平等化を志向するものであり、憲法第一五条第一項・第三項・第四四条ただし書などの各規定の文言上は、単に選挙人資格における差別の禁止が定められているにすぎないけれども、単にそれだけにとどまらず、選挙権の内容、すなわち、選挙人の投票価値の平等も亦憲法の要求するところであるが、ただ、その投票価値の平等は、各投票が選挙の結果に及ぼす影響力が数字的に完全に同一であることまでも要せず、常にその絶対的な形におけるものを必要とするものではなく、国会が正当に考慮することのできる重要な政策的目的ないし理由に基づく結果として合理的に是認することができるものであれば、その投票価値の不平等も必ずしも許容されないものではない。そして、衆議院議員の選挙における選挙区割とこれに対する議員定数配分の決定にあたつては、各選挙区の選挙人数又は人口数(選挙人数と人口数とはおおむね比例するとみてよいから、人口数を基準とすることも許されるといえる。)と当該選挙区への配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるべきであつても、それ以外にも、実際上考慮され、かつ考慮されてしかるべき要素は少なくなく、とくに都道府県は、選挙区割の基礎をなすものとして、無視することのできない要素であり、さらに、これらの都道府県を更に細分するにあたつても、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、具体的な決定がされており、また、社会の急激な変化や、人口の都市集中化の現象などもしんしやくし、政治における安定の要請など、極めて多種多様で、複雑微妙な政策的および技術的考慮要素をもとにし、結局は、国会がその裁量権に基づいて、選挙区割や、議員定数配分を決定しているものであり、その結果、具体的に決定された選挙区割と議員定数配分の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程隻に達しているときに、はじめて国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定されるべきで、そのような不平等を正当化するべき特段の理由が示されないかぎり、憲法違反と判断すべきである(昭和五一年四月一四日最高裁判所大法廷判決参照)。

2  そこで、右の見地に立つて、原告らの本訴請求の当否について検討する。

(1) まず、議員定数配分規定が憲法に違反するかどうかについては、前記のとおり、各選挙区の人口数と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるべきことではあるが、只単に人口数と議員定数との比率によつてのみ決せられるべきことでないことは、明らかである。

(2) とくに、地域割のもととなる都道府県は、従来、わが国の政治及び行政の面において、重要な役割を果たし、かつ、国民生活および国民感情において極めて重要な意味を有しており、さらに、これらの都道府県を細分化するにあたつても、市村町その他の行政区画が、選挙区としてのまとまり具合、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要素上、重要な機能を果たしてきていたことは否みがたい事実である。

そして、選挙区の地割のもととなる都道府県、さらには、市町村は、普通地方公共団体として、地方自治の根幹をなしているものである。日本国憲法は、大日本帝国憲法と異なり、第八章に地方自治の章を設け、四ケ条にわたり規定しており、地方自治を重視しているところ、かかる地方自治の重視は、単に当該地方自治体としての意思決定が当該地方自治体の構成員によつて地方自治の本旨に従い、自主的に決定されるべきことのみならず、当該地方公共団体の自己の政策ができるかぎり地方自治の本旨にそつて国の政策にも反映し易いようにすべきことも、当然要請されているものと解すべきであり(さもないと、地方自治体の地方自治に基づく施策が十分行なわれないおそれが生ずる。)、かかる地方公共団体が選挙区割において重要な機能を果たしている以上、当該選挙区のもととなる地方自治体の意思決定について、選挙人の意思が有効・適切に、国の政策上に反映されるべき投票価値を有するようにすることも、重要な要素として考慮されなければならない。

(3) ところで、社会の急激な--主として経済的-発展に伴う人口の都市集中化、とくに東京・大阪・名古屋等の大都市及びその周辺部への集中、これに伴う関係選挙区における多数の選挙人の流入、その反映としていわゆる過疎地域における人口の稀薄化の現象が著しく、このことが、いわゆる選挙権の平等化に大きな問題を投じており、本件訴訟も、その一つのあらわれともいいえよう。

人口の都市への集中化は、物価の騰貴、その他住宅環境の劣悪化など各種多様の複雑な問題を生じているが、別な観点からみれば、都市への人口の集中化は、その当否を別として、これに価いする魅力がなんらかの意味で、とくに経済的、文化的などの諸利益が、都市部に存するからこそ生じたものであると同時に、その反面、過疎地域が、とくに経済的、文化的などの諸利益に恵まれないという結果が反映したものともいえるものであり、このような都市への人口の集中化という現象が急激に生ずるということは、必ずしも、社会政策あるいは経済政策的にみて望ましいものとはいいがたいのであり、このような現象をできるだけ避けるためには、その政治的影響力--その結果は経済的、文化的などの諸利益にも関連しうる--を行使しうることが望ましいのであり、とくに、過疎地域における経済的、文化的等の魅力を増大させこれを実現するためには、一きわ大きな政治的影響力の可能性を持つことが当該過疎地域の住民にとつて必要である。すなわち、選挙における投票の価値が大きくなつてはじめてその政治力に大きく影響する可能性を有するのである。

(4) これに反し、人口の集中した都市においても、前記のように各種の複雑な問題が存し、これらが解決されるべきことはもとよりであるが、人口の集中化は、それ自体相当な経済的、文化的などの諸利益があるからこそ生ずるのであつて、人口の集中した都市それ自体が政治的に大きな影響力を行使しうる可能性を有するのであり、それ以上に大きな政治力が行使される可能性を与えることは、過度に経済的、文化的などの利益を広くかかる都市に与える可能性を加えることになり、ますます、かかる都市における経済的、文化的などの諸利益を享受しうる可能性を齎らすことになる。すなわち、おのずから、より大きな政治力が行使され易くなる基盤を齎らすものであり、このことは必ずしも、政治的に妥当または望ましいものとはいえない。このように、いわゆる投票価値の薄いといわれる場合においても、都市における政治力は過疎地域のそれよりも大きく働く可能性が強いのであり、これより以上に、人口数に応じて、いわゆる投票権の完全な数字的平等が実現されるような場合にはその政治的影響力は著しく増大し、ますます、政治的、経済的、文化的など各種の利益を都市地域住民に享受し易くなる可能性を齎らすものである。

もつとも、都市地域住民が政治的・経済的・文化的などの諸利益を享受することができることそれ自体は、悪ではないが、そのような享受がむしろ過疎地域の住民の政治的・経済的・文化的などの諸利益についてのいわば不当な犠牲のもとにおいて--またはその可能性のもとにおいて成り立つていることに問題があるのであり、このことは、投票権の形式的数字的な意味における完全な平等化は、いわば政治の不平等を齎らすおそれがあることを示すものといつてよい。

(5) そして、このように考えてみると、投票権について人口数と議員定数との比率の点のみから決するとすれば、人口の集中した都市地域の住民は、投票権について形式的には「不平等」のように取り扱われているかのようであるが、実質的になお相当な利益を得る反面、過疎地帯の住民は、形式的には不平等な「利益」を得ているかのようであるが、実質的には、なお、政治的に不利益に取り扱われているといつても、過言ではないともいえるのである。

(6) 以上のように考えてみると、議員定数の配分を人口数のみに比率して決することは、最も大きな政治的影響力を必要とする過疎地域の住民には、政治的影響力の可能性を著しく減ぜられるという結果を齎らすことになり、公正かつ効果的な代表の実現を目指す選挙制度において、効果的な面はしばらくこれを措くとしても、公正な利益代表は数字的な観点からだけこれを決するという一面的なことのみを強調する結果を招来し、人間の社会が質的に多種多様な異質的なものによつて構成されているという面を見捨てた見解として、単純に左袒できるものではない。

(7) そして、議員定数の配分のもととなる選挙区の地域割は、地方自治のもととなる都道府県・市町村を基準にして定められ--たとえ大都市では同一都市内でも細分化され、また多くの市町村では数か市町村がまとめられているとしても--ており、関連地方自治体の統一意思を可能なかぎり、有効・適切に反映すべく定められており、当該選挙区の関連する地方自治体の地方自治の本旨に従つて政治的要求が国政に汲みとられるように政治的影響力を有するように定められているのである。

このような機能ないし目的との関連において、選挙区の地域割り、人口数、議員定数が定められているとすれば、このような面をしんしやくして、議員定数などを定める国会の裁量権は非常に重視されるべきものであることは、もとより、当然といわなければならない。

(8) ところで、議員定数配分規定の違憲性の問題と関連して、選挙区割および議員定数の配分は議員総数と関連し、複雑微妙な考慮の下で決定され、一旦決定されたものは、一定の議員総数の各選挙区への配分として、相互に有機的に関連し、一の部分における変動は他の部分にも波動的に影響を及ぼすべきものであつて、その意味で一体不可分をなし、右配分規定は単に部分的に憲法に違反する不平等を招来するのみならず、全体として違憲の瑕疵を帯びるとする、見解は、前記最高裁判所判決の多数意見が示すところである。

しかし、先にも触れた如く、選挙訴訟では、当該選挙区の選挙の無効原因の存否を判断する権限が裁判所に与えられているにとどまり、それ以上に当該選挙区以外の選挙の効力に関し判断をする権限は付与されていないのであるから、裁判所としては、本件選挙区の選挙の効力について判断することしかできないのであり、議員定数配分規定全体についての憲法判断をする権限を有せず、またその必要もないのである。前記最高裁判所判決の多数意見は、選挙訴訟における裁判所の権限との関係で十分納得できる説示を与えていない以上、この点から従うことができない(もつとも、前記最高裁判所判決の多数意見も当該事件の千葉県第一区の選挙の効力に関する判断過程の説示で述べたものにすぎないものと解されないでもない。さらに、ことを実質的に考えても、議員定数の配分規定も、一部の選挙区についてのみ切り離して改正している例(たとえば昭和五〇年法律第六三号)もあり、かつ、一選挙区についての投票価値の不平等の違憲は、必ずしも、他の選挙区について違憲を来たさない場合もあるのであるから、この点からも、前記多数意見には賛成しがたいものがある。)。

(9) そして、本件の選挙人の有する選挙権が、前述した投票価値の平等を失い憲法に違反するに至つたかどうかを判断するに当つては、いわゆる過疎地域の一部選挙区のように、選挙区の人口数と配分議員定数との比率が大きいものを基準として、違憲性の有無を決すべきではなく、全国的に各選挙区を平均した投票権の内容と比較して、その投票価値が憲法の保障する投票価値の平等を侵害しているかどうか、換言すれば、投票価値の差等に一般的合理性が存するかどうかによつて決するのが相当である。

というのは、前述したとおり、議員定数の配分規定は各選挙区ごとに分割してその合理性の有無を検討しうるのであり、たまたま、一部選挙区(たとえば一般に過疎地域に属するとみられる兵庫県第五区)において、人口数と議員定数の配分との比率が全国の平均的なものよりも著しく大なるものがあつても--一般的にいわゆる過疎地域を基盤とするものが前記比率が大きいものであるが、これも、前述した過疎地域の特異性に基づくものであつて、かかる差等を設けることに一応の合理性が存するものであるが、かりにこの差等が著しく大であつてその合理性を欠く程度に至つたようなときには、当該選挙区の選挙人をしてその当否を争わせれば足りるのであり、他の選挙区の選挙人において、かかることを争わせる必要はない--そのような一部選挙区を基準にして投票価値の平等性について憲法に違反するかどうかを基準とすることは(かりにあつたとしても)一部の不合理な選挙区のために他の合理的な差等の範囲内の選挙区の投票権についてまで、広く違憲をもたらすおそれも生じて、妥当でない結果を生ずるおそれがあるからである。

二  今、この見地に立つて検討する。

1  請求原因一ならびに二の1の前段部分および3については、当事者に争いがないところ、当裁判所は、後記3において説示する理由から明らかなように、本件選挙の効力は、まず昭和四五年国勢調査の結果に基づいて判断すべきものと思料するから、この見解のもとに、原告らの請求の当否に検討を加える。

2  当裁判所が職務上知り得た事実(昭和四六年三月二〇日(号外二一号)同年三月二七日(号外二五号)同年四月一〇日、同年四月二八日、昭和五一年三月一六日(号外一九号)同年四月五日(号外二九号)同年四月一五日(号外三〇号)付各官報及び昭和四五年国勢調査報告第1巻)によると、昭和四五年国勢調査の結果によれば、千葉県第四区(現在)の都市郡の人口数は九三二、八七四人であり全国の総人口数(沖縄を含めて)は一〇四、六六五、一七一人であり、これを千葉県第四区の議員定数三人、全国定数五一一人でそれぞれ除すると、千葉県第四区の議員一人当り人口数は三一〇、九五八人となり、全国議員一人当り平均人口数は二〇四、八二四人となり、その比率は一五一・八一七パーセントとなる。

右によると千葉県第四区においては一・五二人の選挙人によつて、全国の選挙人の平均一人分の選挙権を行使することができるのであつて、ほぼ全国平均の選挙権の行使が保障されているのであつて、憲法違反の問題は生ずる余地はない。

3  原告らは、昭和五〇年国勢調査の結果に基づいて千葉県第四区の投票権の内容を決定すべきものと主張する。かりに、この主張のとおりとしても、千葉県第四区の都市郡の人口数は一、二三五、五〇六人であり、全国の総人口数は、一一一、九三六、八九四人であり、これを千葉県第四区の議員定数三人および全国議員定数五一一人で除すると、千葉県第四区の議員一人当たりの人口数は四一一、八三五・三三人であり、全国平均議員一人当たりの人口数は二一九、〇五四人であり、その比率は一八八・〇〇六三パーセントとなる。右によると、千葉県第四区においては約一・八八人の選挙人によつて全国の選挙人の平均一人分の選挙権を行使することができるのであつて、昭和四五年の国勢調査の結果に比ぶれば、相当選挙権の内容の偏差は増大していることは認められるけれども、地域割りなど国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくすると、いまだもつて、一般的に合理性を失なつたものとは認められず、国会に委ねられた裁量権を逸脱したものとは断定しがたく、これをもつて違憲であるとはいえない。のみならず昭和五〇年の国勢調査の結果が全て公表されたのは昭和五一年四月一五日であり、本件選挙は昭和五一年一二月五日施行されたものであり、その間わずか七ケ月余しかなかつたのであり(たとい原告ら主張のような「速報」形式の公表があつたとしても)、かかる短期間で公選法が改正されなかつたとしても合理的期間内に改正されなかつたものとはいえない。

以上、いずれの点からも、原告らの主張は肯認しがたい。

三  以上に述べたところから明らかなように、原告らの主張は、他に判断するまでもなく認められないから、原告らの本訴請求は理由がなく排斥を免れない。

第三よつて原告らの本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 安藤覚 森綱郎 奈良次郎)

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